「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q観てきました。

シンジ君には過酷な運命でしたね。

ミサトさんもアスカも綾波(?)までもがシンジに辛く当たる中、

唯一の救いがカヲル君の存在。

家に帰ってから、一冊の本を思いだし、久しぶりに読み返してみました。

その名も残酷な天使のように―新世紀エヴァンゲリオンJUNE読本」(1997年発行)

JUNEと付いているところから、内容は推して知るべし。

でも、結構深い考察とか載っていて、面白い本ですよ。

 

この「残酷な天使のように―新世紀エヴァンゲリオンJUNE読本」、

目玉企画は庵野秀明監督ロングインタビュー(1996年 小説JUNE掲載)です。

その中から、カヲルとシンジに関する裏話を抜粋してみました。TV版弐拾四話を中心に語っています。

 

-最初からああいう予定だったんですか。あの回(弐拾四話)にカヲル君が最後のシ者として。

庵野 オープニングにも二コマだけ出てますけど。

ーオープニングを設定した時点ではあの絵しかなかったんですか。

庵野 まあ、貞本(義行)のほうのラフ絵しかまだ上がってなかったんで。ちょっと変わっちゃってますけど、本編の絵とは。

ーでも役割的には同じ?

庵野 そうですね。最後の使徒は人と同じ形で少年にしようと思ってたんで。

ーでも渚カヲルって名前だって、女の子でもいいわけじゃないですか。

庵野 でもあれは少年ですよ。女性って感覚がまるでないですもんね。シンジともうひとりのシンジですから。理想のシンジが現れるんで、それは女性ではダメです。

ーああ、なるほどね。

庵野 シンジが持っているコンプレックスを全部クリアしているキャラクターですから。

 

庵野 オリジナルの脚本は川で裸で二人で泳いでたんですよ(笑)

ー昼間ですか?

庵野 わかんないっス。川で二人で泳ぐという美しい絵があったんですよ。さすがにこれは僕の許容範囲を越えるっていう(笑)

ーエンディングの『FLY ME TO THE MOON』の男二人バージョン(笑)

庵野 演出家も拒絶してしまって、「さすがにこれはできん」(笑)

ー「シ者」で「渚」という文字面のシャレは?

庵野 あれは薩川(昭夫)さんです。一応、水というか海というか、水に関係するのにしてくれって。カヲルというのも薩川さんで。

ー使徒っていうのは使者って言い換えてもいいわけですね。

庵野 うーん、まあ、意味合い的にはそうですね。

ー「シ者」っていうのは死んでる者っていうシャレもあるんですか?

庵野 ええ、掛けことばです。

ーそれでシンジのほうが生きる者でカヲル君が死者であるという。

庵野 ええ。漢字にしたりカタカナにしたりしていろいろ掛けられるんです。

 

 という訳で、庵野秀明監督が語るカヲル君裏設定でした。

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