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はてなブックマーク - キルラキル 24話(最襲回)「果てしなき闇の彼方に」感想
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キルラキル 24話 新羅
目がいっぱい。
キルラキルと言えば目ですね。

 

この作品のテーマは何か?と考えながら見ていましたが、「ヤンキー・ミーツ・オタク」なのではないかと思います。

ガイナックスの一連の作品を見ると、オタクを肯定的もしくは否定的に捉えている作品が多いように思われます。
(よって立つところが違うことが、スタッフが次々とガイナから独立していく理由なのではないでしょうか)

 

『キルラキル』の生命繊維がオタクのイメージなのだとしたら、我々がオタクなのはウイルスに侵されているようなものである。
最終回、アニメに出てきそうな服は消え、普通の服ばかりになってしまった世界。
エピローグでオシャレを楽しむものの、どこかうつろげな表情の流子たち。
ふとすれ違った子供が着ているセーラー服に鮮血の姿を重ね、空を見上げる流子。

「人は人、服は服だ」とオタクからの脱却を宣言しながら、いざ普通の世界(リア充と言い換えても可)に住んでみると、どこか居心地の悪い感覚に陥る。
空を見上げたあと最後にほほ笑みを浮かべ、現実に溶け込んでいく・・・。

 

このエピローグを「トップをねらえ2!」の監督、鶴巻和哉がコンテを切っている点もポイントですね。トップ2はオタクを否定的に描いた作品ですが、その結末はちょっと納得いかないものでした。
今回のキルラキル最終回エピローグでは、「オタクは卒業するべきだけど、現実世界もそれほど魅力はないよ。でもそれを受け入れながら生きていこうね」という前向きな諦念を感じました。
「ヤンキーとオタク」についてですが、
エピローグにてオシャレで小奇麗な街を歩く流子たちは、地方のショッピングモールを物見遊山で訪れるマイルドヤンキー(上京せず地方に居続けるリア充)のよう。
それが地方住みヤンキーの本来の姿なのかもしれないけれど、ふと秋葉原(本能寺学園)が恋しくなっちゃう・・・。
この点において、生命繊維は消えてしまったものの、何かを遺していったわけですね。

ヤンキーとオタク、ついでにサブカルも含め、ごちゃまぜにした何だかわからない世界。
それをオタクの牽引者であるガイナの血を引くトリガーが描くというのは、必然という気もします。

 

『キルラキル』はSF的に物足りなさはあるものの、鳳凰丸がどこかで生き延び、鬼龍院羅暁に替わる新たな宿主を見つけて、いつか復活してくれれば面白いなぁと思います。『火の鳥』のように、時代や場所を超えて標榜する存在、まさに鳳凰。

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